うつ病生活保護受給者のミニマルライフ

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メンヘラナマポおじさんの健康で文化的な最低限度の生活

香山リカ著「執着 生きづらさの正体」を読みました

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香山リカさんの「執着 生きづらさの正体」を読みました。

引用レビューします。

 

親の家を片付ける

仏教では元々「事物へのとらわれ」を「執着」と呼んだ。そこから派生して、名誉や人間関係など目に見えないものへのとらわれやしがみつきもまた「執着」ととらえるようになっていくわけだが、この章で述べる「ものが捨てられず、溜め込んでしまう」というのは、ある意味でオリジナルの「執着」に近いのかもしれない。そして、大量生産、大量消費の現代において、皮肉なことにこの「執着の原点」とも言える「ものへのしがみつき」に悩む人は増加の一途をたどっているのである。

本が売れないといわれる昨今だが、出せば必ずヒットすると言われているのが、部屋や家の片づけに関する書籍だ。中でも「親の家を片付けるある日突然膨大な老親の荷物や家の整理と処分があなたの身に降りかかってきたら、どうしますか?」はあっという間にベストセラーになり、シリーズ化された。中に出てくる実例は、「親が亡き後の家に五年通って片付けた」「トラックで六トン分の不要物を捨てた」など、いずれも強烈だ。

 

ものが増えるのは寂しいから?

この問題の基本にあるのは、まず「ものこそが豊かさのあかし」という戦中戦後世代ならではの価値観であろう。

ものが不足していた頃の恐ろしさを知っているからこそ、「あの貧しい時代には戻りたくない」と強く思う。そして、ものを買ったりもらったりしてためることで、なんとかあの時代の恐怖や絶望を記憶から消し去りたいと思うのである。そんな世代に、「さあ、ものを捨てなさい」と強制するのは、当時のトラウマを刺激し、「このまままた不自由な生活に逆戻りするのでは」という不安を書き立てることでしかない。

さらにそこに、「例えすぐに使わなくても、壊れたり汚れたりしていないものを捨てるのはもったいない」という倹約、節約を美徳とする精神も加わる。

 

「幸せ」を演出する舞台

SNSが関係する相談で非常に多いのが、「他人が幸せそうに見える」というのがある。「友達がコンサートに出掛けた」「同僚は休日になると家族でアウトドアを楽しんでいる」などと他の人の様子をチェックしては、「それに比べて私はつまらない毎日を送っている」と落ち込んだり、「私は恵まれていない」と卑屈になったりする。

その人たちに対して、私はいつもこう質問する。

「では、あなたはどうですか?SNSにはいつも日常生活のすべてを書き込みますか?例えば今日、このメンタルクリニックに来たことなども」

すると多くの人は、「とんでもない」と答える。

フェイスブックって楽しいことや充実した毎日を書き込むためのものじゃないですか。読んでいる人が暗くなるようなことはタブーですよ。今日だったら私も、診察に来たことは書かず、帰りに寄ったカフェの話題をケーキの写真付きで書くでしょうね」

つまり、誰もが編集、改竄した素敵な日常を書く舞台、それがSNSであり、ブログなのではないだろうか。

 

愛する人の喪失をどう乗り越えるか

父を亡くしてから、家族を失った人の手記を読み漁るようになった。その一冊が、自らも愛妻をガンで亡くした医師垣添忠生氏の「悲しみの中にいる、あなたへの処方箋」であった。

本書のなかで、家族を失った悲しみに暮れる人に対して、著者は繰り返し「悲しむことに一心に打ち込むこと」、「我慢や遠慮をせず、大いに涙を流すこと」の効用を説いていた。そうしているうちに、自然に人の心は立ち直るもの、というのが著者の考えなのだ。

 

「喪の作業」とは

フロイトによれば、愛情を注ぐはずの人やものは既に失われているのに、「愛する」という気持ちやそこに向かうエネルギーの流れは、しばらくは心の内面でまだ残っているという。そのギャップの苦痛こそが、「悲哀」と呼ばれる悲しい感情や傷つきになるのだ。

だから、その悲哀から立ち直るためには、注ぐ相手がないのに起きているエネルギーの流れを、一旦断ち切らなければいけないということになる。まさに愛する対象への「執着」を捨てる過程、それが「喪の作業」なのだ。

 

ステップ1 客観的には対象は失われているのに、その事を認めようとしない否認の段階。さらには、「あの人はいなくなってなんかいない!そんなことを言うのはやめてよ!」と周りの人に抗議する抗議の段階。

ステップ2 対象の喪失は認めるが、それと引き換えに激しい混乱、失意、不安などが起こる抑うつの段階。それがさらに深まる絶望の段階。ここでは、「なぜ私だけがこんな目に!」と怒る人、無感覚、無感動の虚脱状態になる人、「取り戻し」の奇跡を願って宗教的な努力に走る人もいる。

ステップ3 愛の対象を失ったということを次第に受け止め、その事実と和解し、さらには新しい愛の対象を発見する離脱の段階。

ステップ4 喪失の体験を受け入れ、生活を再建する段階。

 

こういったいくつかのステップは、どんな場合でも順番に踏むべきものであり、省略することはできない。しかし、すべての段階をきちんと踏んでいくことができれば、ほとんどの場合で、誰でもきちんと最終的な回復の段階にまでたどり着くことができるはず、とされている。

 

安易な「心のケア」を押し付けない

1995年の阪神淡路大震災で我が子を亡くした母親たちの言葉をもとに、我が国のグリーフケア(悲嘆ケア)の第一人者である、シスターの高木慶子氏がまとめた、「喪失体験と悲嘆 阪神淡路大震災で子どもと死別した34人の母親の言葉」には、驚くべき事実が記されている。

「して欲しくなかった新たに傷ついた事柄」という質問に対して、「解ったふりの同情の言葉や押し付けがましい言葉を受けたこと」と、「心の傷を新たに深めるような精神科医やカウンセラーの対応」という回答の合計が、50%を超えているのだ。また、「して欲しかった事柄」の一位は、「とにかく、そっとしておいて欲しかった」だった。

とにかく、余計なことをしないで、一人で静かにいさせて、という母親たちの声は、私たちに「まずは時間を十分かけて悲しむこと」の大切さや必要性を教えてくれる。

これは、東日本大震災においても同様であった。あの大震災では早い段階から「心のケア」の重要性が強調されていた。しかし、そのケアを行う側にまったく悪意はないとはいえ、安易な「心のケア」の押し付けが逆に心の傷を深くしてしまったケースもあるのだ。

東日本大震災でも、残念ながら先の高木シスターがまとめたのと同じようなケースが目についた。