うつ病生活保護受給者のミニマルライフ

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メンヘラナマポおじさんの健康で文化的な最低限度の生活

岡田斗司夫著「僕たちは就職しなてもいいのかもしれない 」を読みました

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岡田斗司夫さんの「僕たちは就職しなくてもいいのかもしれない」を読みました。

引用レビューします。

 

「就職がしんどい」なんて異常である

日本にいる全大学生の一割くらいが就職できない、あるいは就職しづらいとか、子供はなかなか独立しないとか、その程度の割合ならば、それは教育のミスかもよ、とか、文部科学省ゆとり教育は間違っていたのかもよ、とか言えるかもしれない。

つまり「製造している部品の10%に不具合がある」ということなら、それはその工場のどこかに問題がある、と考えるのが自然です。同様に、大学生の1割ぐらいが就活で困っているなら、個別の学生や大学側の姿勢を疑うのはアリでしょう。

でも、事態はもっと深刻なのです。工場の例で言えば、製造部品の過半数が問題を抱えている。そんな場合は、そもそも工場の設計思想そのものが間違っているんです。

現在のように、就職を考えてる若者の半数が「何で決まんないのかなあ……」と悩んでいて、決まっている人も「就職できた」と大喜びできず、「これでいいのかな……」と半信半疑でいる状態。こんなのは異常です。

就職できても次々と辞めちゃったり、そもそも会社に入れない。就職のチャンスを一回逃したら「新卒」そう呼ばれなくなって、就活2年目からはさらに就職が厳しくなる。「第二新卒」という枠も最近はあるけれど、大抵はこれまた厳しい転職活動を強いられることになります。

何かヘンです。

明らかに、何かがズレています。

 

大企業神話に取りつかれた新選組の悲劇

黒船がやってき日本は動乱期に入り、就職したかった武士の生き方ははっきり二つに分かれました。

一つは幕末という危機に、「よし、最後のチャンスだ!」と就職しようと言う生き方。

もう一つは就職を考えずに、それどころか就活をやめて、自分で起業しよう、ベンチャーをやろうという生き方。

あくまで就職を望んだ典型例が新撰組です。下級武士だったり武士かどうかすらわからないような薬売りの身分だったりしたもんだから、この動乱に乗じてどこかに就職しようなどという最後の望みを抱いてしまった。

大企業、つまり幕府やら藩といった旧来の制度がものすごい勢いで崩れてきているのを傍目に見ながらも、本物の侍になれた、殿様に会うこともできた、ひょっとしたら、天皇にも目通りが叶うかもしれない……。

悲しいまでの大企業神話に取りつかれた新選組は、最後に函館の五稜郭で全滅するに至るまで、えらい目にあいました。

なんだか、今とそっくりだと思いませんか?

 

企業の寿命は平均五年

「もう会社が潰れない時代は終わった」

「これからは誰もが生涯に1度くらいは自分の会社が潰れて転職する覚悟が必要だ」

日経ビジネス」がこう言ったのが1983年なんですね。

さて、それから25年ほど経った2009年、日経ビジネスは新しいデータを公表しました。

その後、企業の寿命はどれくらいになったのか?

すごいですよ。

日本の企業で7年。アメリカの企業で5年。

 

プラットフォーマーは潰れない」なんてウソ

AmazonだってGoogleだって1年先はわかりません。

不思議なことにAmazonや楽天が成功するまで本はもとよりオンライン通販の成功すると信じている人は皆無に等しかった。

今から20年ほど前、日本のデパートがこぞってチャレンジしました。三越伊勢丹高島屋はものすごくお金をかけて通販サイト作った。まだダイヤルアップ接続と言われるデータ通信料の少ない時代に、バーチャルリアリティーと称して通販サイトを無理やり作り、大失敗したデパートもありました。

結果として、デパートの通販サイトは1つとして成功しませんでした。

「日本人はネットでものを買わない」が業界の通説になりました。海外がどうであろうと日本人はテレビショッピングなんかしないし、ネットショッピングなんかもっとしない。

テレビショッピングなんかしないというのは30年前の常識で、ネットショッピングなんかしないというのは10年くらい前の常識。

それがあっさりと覆されてしまった。

 

意味もなく必要以上にお金を使いすぎる民族

誰かに頼むためには「携帯音楽プレイヤーが欲しいんだけど誰か持ってないかな?」と言わなくてはなりません。東京まで車に乗せていって欲しいなら、誰かに頼もうなければならない。乗せてもらう以上、黙って寝ていちゃダメ。やっぱり何か面白い話題を提供したり、ちょっとしたサービスをしないといけない。

こうした煩わしさが伴うわけです。

でも僕たちはこれを過大評価していないでしょうか。

昔の人なら当たり前にできた気遣いとか間合とか、現代人は本当に不得意です。いや不得意だと感じるんじゃなくて絶対にお金を払ってでも避けたいと考えてしまう。

この煩わしさを最小にするために「お金という手段」を使うことしか思いつかない。他の手段を思いつかなかったから、僕たちはいつのまにか「意味もなく必要以上にお金を使いすぎる」民族になってしまった。

実はこれが昭和経済成長の原動力であり、同時に僕たちがお金を必要とする最大の理由なんですね。食うためにお金がいると言っていますが、人間の支出の7割が食うためじゃない。煩わしさを逃れるために使っています。

 

経済成長が生活を苦しくした

家族6人にテレビが1台しかない時代、家庭の総生活費はかなり低いものでした。でもみんなが欲望をどんどん増やしていきます。家族と一緒にいるなんて鬱陶しい、自分の部屋が欲しい、別々に住みたい、自分のテレビが欲しい。欲望が広がっていくとさらに子供も個室が欲しくなり、夫も書斎を欲しがります。

ついには全員バラバラの部屋にいて、1台で事足りていたテレビを6台も買うようになりました。

このテレビが6倍売れる状態を経済発展と呼んできたわけです。

大正時代の日本は旦那様1人が働いていれば、その下で家族はもちろん使用人や運転手、なんとなく居候しているおじさんなども含めて15人くらいは食べていけました。

昭和30年代、「ALWAYS三丁目の夕日」の時代も、お父さんが働けば何人もの家族を養えました。昭和40年代くらい、アニメ「サザエさん」の時代になると、波平さんとマスオさんが働いて家族七人が生活できています。

それから先の「ドラえもん」や「クレヨンしんちゃん」の時代になって来ると、お父さん一人の稼ぎでは、3人か4人しか食べていけない状態になってきます。

このような変化は、結婚が難しい現状にも通じています。今はお互いに働いているけど、結婚して子供ができたら、どちらかが仕事をやめなくてはならない。すると食べていけないから、結婚に踏み切れないし、子供なんて作れない。こう考えている20代、30代の男女は多いようです。

ついに、我々の社会は自分ひとりを食わせることで精いっぱいの社会になってしまいました。

(中略)

すでにバブル的な経済成長は終わっているのに、それでも僕たちは当時の考え方を捨てられないでいます。結果、今の日本社会では、せいかつにやたらとコストがかかるようになってしまいました。

だから、誰かの世話をしようと考えたときに、一人を養うためには何万円もかかる、と発想してしまうのです。

かつて栄光だった経済成長や消費社会の繁栄が、僕たちの暮らしを高コスト化し、生きづらさをもたらしています。

 

「かわいげ」がなければ孤立する

若者や弱者が誰にサポートしてもらうかは、個人によって違う。こんな社会がやってきたのです。

そうなると、つながりが薄くなって、弱者はどんどん孤立するかもしれない。

逆に弱者であっても、どこにいようが、誰とでもネットを介したコミュニケーションがとれるようになるわけですから、つながりは無限になり、「助けてもらえる可能性」も無限に広がっていきます。

どうなるかは、その人の「評価」しだいです。

他人とのつながりを作れなかった人は、頼れる親に最後まで依存することになる。

ネットなどでつながりをどんどん強化できる人は、親や地域からも自由になれる。

広大なネットの海で、あったこともない誰かからサポートを受けられる世界がやってきたら?

「無償の奉仕」や「かわいげ」が、今よりもっと重視されるようになるでしょう。

「かわいげ」のある人は、いろんなサポートを受けることができる。

「かわいげ」のない人は、自分の力だけで生きていかなくてはならない。

今や「かわいげ」は、ビジネススキルや資格よりも「生き残り戦略」にとってずっと重要な要素になりつつあります。

 

「お金がない世界」の足音

ハイパー情報化社会の到来とともに、こうしたやり取りは、誰もがたやすく実現できるものになりました。お米が余っている人は、「お米を差し上げます」とSNSで呼びかけて、欲しい人はすぐに「譲ってください」と応えられる。

さらにそこから、「借りたら返そうよ」という透明な届け合いのサイクルが延々とつながっていく。

「お金を動かさずに経済を回す」

こうしたサイクルが、評価経済の完成イメージです。

 

「単職」から「多職」へ

「友達」に例えてみるとよくわかります。友達が親友たった一人しかいない場合、どんなにその親友が好きでも、良い奴でも、仲が良くても、一度喧嘩しただけですべてがパーになってしまいます。友達が転校してしまっても、病気で長期入院してしまっても同じです。

その瞬間、世界中に友達が一人もいないことになりますよね。

だから、相手に気を使うしかなく、言いたいことがなかなか言えず、心の中では親友と思えない。そういった話をよく聞きます。

単職もおなじです。その仕事が危なくなっても、ひとつしかないその仕事にしがみつくしか考えられなくなるんですね。その結果、被害がどんどん拡大する。

 

愛されニートのモデルケース

ポイントはコンテンツでもなければコミュニティでもない。キャラクターです。彼らのキャラクターは「良い人」だから、みんなから愛されている。その結果、みんなが助けてくれる。

(中略)

愛されキャラを目指すために、いちばん簡単なのは「良い人」になること。「良い人」なら、仕事があまりできなくても、性格に少し問題があっても、空気が読めなくても、うまく世の中を渡っていけます。

 

お金も暇もスキルもないけど

一日たった五分でできる「良い人戦略」。それが、ネットとリアル、両方で褒めることなのです。

一日五分これをやっていると、徐々に人との関係性が強くなってきて、前に話したコミュニティが充実していきます。「良い人戦略」をとっていると、自分のキャラクターが「良い人」へと上書きされていくんですね。

 

Q7 どうしても○○になりたいのですが、どうしたらなれますか?

モデルになりたいのなら、自分をモデルとして売り出すためのサイトを立ち上げる。いろんなファッションを身にまとい、いろんな表情を作って写真を撮影し、そこに載せる。自分と同じようにモデルになりたがっている、ちょっとかわいい子も誘って写真を並べる。

アイドルになりたいんだったら、自分で歌を吹き込んでそれをネット上に流す。自分の路上撮影会をネットで告知して開き、お金を稼いでみる。

出版業がやりたいのなら、作家と交渉して電子書籍や同人誌を作って、サイトで売ってみる。

そんなことはできないという人は、そもそも「憧れ系の職業」に就くのはもちろんのこと、そういった会社に就職する能力がないのです。なにしろ、競争率100倍。雇う企業側は、もともと能力が高く、即戦力となる人を選ぶに決まっています。

今の時代、自分で出版社を立ち上げるくらいの能力がある人でないと、既存の出版社はもう求めてません。

放っておいても自分を売りだせるほど魅力的で自力がある人でないと、モデルやアイドルデビューなんかできません。